1904

日本初の国産内燃式機関車 「石油発動車」

石油発動車

記事番号L10

 1904年から1910年にかけ、福岡鉄工所(大阪府に所在した零細企業)によって無冷却無注水式焼玉エンジン(*生産技術の項を参照)を搭載する「石油発動車」と称する内燃機関車が開発・製造された。日本で内燃機関を鉄道車両に用いたもっとも早い例である。
 この機関車を使用した鉄軌道は筑後軌道・祐徳軌道など筑紫平野を中心とした福岡県・佐賀県域に営業していた914mm軌間の非電化軌道を中心に数社のみであるが、製造両数は路線延長の長かった筑後軌道がのべ47両も購入したこともあり、総計で60両を超えている。(Wikipedia)

生産技術

 前方に蒸気機関車のボイラー類似のフードを備えてエンジンを収め、細い煙突を立てて後方の運転台から操縦するもので、車軸はチェーン又はギヤにより駆動する構造であった。
 客車1両程度の牽引が精一杯であり、故障も多かった。

*注:無冷却無注水式焼玉エンジンとは、2ストロークで、焼玉は水冷せず、掃気ポートへの水の滴下をしない焼玉エンジン
 出力5PS→7PS

時代背景

 当時の非電化軌道線の動力の多くは、より前時代的な馬力(馬車鉄道)で、車両の連結運転も規制され、2両以上の連結運転ができなかったこともあり、「石油発動車」の登場は馬力に代わる低コストな動力化策として注目を集めたようである。

  • 石油発動車
    出所:日本の内燃車両(鉄道図書刊行会)